やおよろずを辿るα版
清原頼業(『前賢故実』)
絵:清原頼業(『前賢故実』)。菊池容斎、1836〜68年(Public domain)出どころ

清原頼業

読み
きよはらのよりなり
別名・社での呼び名
清原 頼業/車折大明神/車折明神/頼滋/顕長
系譜
人神

清原 頼業(きよはら の よりなり、保安3年〈1122年〉 - 文治5年閏4月14日〈1189年5月30日〉)は、平安時代後期の貴族・儒学者。元の名は顕長(あきなが)のち頼滋(よりしげ)。広澄流清原氏、大外記兼助教・清原祐隆の子。官位は正五位上・大外記。死後、車折明神として祀られた。

出どころ: ウィキペディア「清原頼業」CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

祀る神社1社

社の頁はかみを祀るにあります。主祭神にこの神の名を挙げる社だけ。