
源頼朝
- 読み
- みなもとのよりとも
- 別名・社での呼び名
- 源 頼朝
- 系譜
- 人神
源 頼朝(みなもと の よりとも、)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の武将、政治家。鎌倉幕府初代征夷大将軍(鎌倉殿)。 清和源氏の一流たる河内源氏の源義朝と正室・由良御前の間に生まれた嫡男(三男)であり、父・義朝が平治の乱で敗れて討たれると伊豆国へ配流される。伊豆で以仁王の令旨を受けると坂東武士らと平家打倒の兵を挙げ、鎌倉を本拠地として関東を制圧する。弟たちを代官として平家を倒し、反逆した末弟・源義経を追放の後、諸国に守護と地頭を配して力を強め、奥州合戦で奥州藤原氏を滅ぼす。建久3年7月12日(ユリウス暦1192年8月21日)に征夷大将軍に任じられた。 これにより、朝廷と同様に京都を中心に権勢を誇った平氏政権とは異なる、東国に独立した武家政権が開かれ、後に鎌倉幕府と呼ばれた。
出どころ: ウィキペディア「源頼朝」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。