
毛利元就
- 読み
- もうりもとなり
- 別名・社での呼び名
- 大江 元就/毛利 元就/贈正一位毛利元就公
- 系譜
- 人神
毛利 元就(もうり もとなり)は、戦国時代の中国地方(山陽道・山陰道)の武将・大名。安芸毛利氏の第12代当主。安芸国高田郡吉田荘の吉田郡山城を本拠地とした国人である毛利弘元の次男。 毛利氏は鎌倉幕府政所の初代別当を務めた大江広元の四男・毛利季光が父から相模国愛甲郡毛利荘を譲られて「毛利」の名字を名乗ったことに始まっており、元就も朝廷から官位を与えられた際には「大江 元就」(おおえ の もとなり)という氏名で記されている。家紋は一文字三星。 策略家として知られる元就は、一代で一国人領主から勢力を伸ばして安芸・備後・周防・長門・石見・出雲の6ヶ国を支配する中国地方の大大名となった。
出どころ: ウィキペディア「毛利元就」(CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。