やおよろずを辿るα版
坂上田村麻呂(『前賢故実』)
絵:坂上田村麻呂(『前賢故実』)。菊池容斎、1836〜68年(Public domain)出どころ

坂上田村麻呂

読み
さかのうえのたむらまろ
別名・社での呼び名
坂上 田村麻呂/坂家/田村大神/田村麿
系譜
人神

坂上 田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)は、平安時代の公卿、武官。名は田村麿とも書く。姓は忌寸のち大忌寸、大宿禰。父は左京大夫・坂上苅田麻呂。官位は大納言正三位兼右近衛大将兵部卿、贈従二位。勲位は勲二等。 四代の天皇に仕えて忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人であり、二度にわたり征夷大将軍を勤めて征夷に功績を残した。薬子の変では大納言へと昇進して政変を鎮圧するなど活躍。死後は嵯峨天皇の勅命により平安京の東に向かい、立ったまま柩に納めて埋葬され、「王城鎮護」「平安京の守護神」「将軍家の祖神」と称えられて神将や武神、軍神として信仰の対象となる。現在は武芸の神や厄除の大神として親しまれ、後世に多くの田村語り並びに坂上田村麻呂伝説が創出された。 坂家宝剣では坂家。

出どころ: ウィキペディア「坂上田村麻呂」CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

祀る神社1社

社の頁はかみを祀るにあります。主祭神にこの神の名を挙げる社だけ。

まつわる妖怪3

妖怪の頁はあやかしを視るにあります。