やおよろずを辿るα版
神田明神
絵はまだ無く、祀る社の神田明神の写真。撮影:Kakidai(CC BY-SA 3.0)出どころ

平将門

読み
たいらのまさかど
別名・社での呼び名
平 将門/平将門命/新皇
系譜
人神

平 将門(たいら の まさかど、、延喜3年〈903年〉 - 天慶3年2月14日〈940年3月25日〉)は、平安時代の関東の豪族。第50代桓武天皇五代の皇胤であり、平氏の姓を授けられた高望王の子で鎮守府将軍である平良将の子。 下総国・常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがて関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国府を襲撃して印鑰を奪い、京都の朝廷朱雀天皇に対抗し「新皇」を称した。東国の独立を標榜し朱雀天皇の朝敵となったが、藤原秀郷・平貞盛らによって討伐された(平将門の乱)。 日本三大怨霊の一人としても知られるが、仁義に厚く温かい人物であったとされており、後に御首神社・築土神社・神田明神・国王神社などに祀られた。

出どころ: ウィキペディア「平将門」CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

祀る神社1社

社の頁はかみを祀るにあります。主祭神にこの神の名を挙げる社だけ。