やおよろずを辿るα版
光雲神社
絵はまだ無く、祀る社の光雲神社の写真。撮影:ぱちょぴ(pacyopi)(CC0)出どころ

黒田孝高

読み
くろだよしたか
別名・社での呼び名
孝隆/孝高/水鏡権現/祐隆/黒田 孝高
系譜
人神

黒田 孝高(くろだ よしたか、)は、播磨国の姫路生まれで戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・軍師。キリシタン大名でもあった(洗礼名はドン・シメオン)。織田家(羽柴秀吉の重臣として)、豊臣家に重用され、筑前国福岡藩祖となる。 諱(実名)は初め祐隆(すけたか)、孝隆(よしたか)、のち孝高(よしたか)といったが、通称をとった黒田 官兵衛(くろだ かんべえ)、あるいは剃髪後の号をとった黒田 如水(くろだ じょすい)(隠居名であるが)としても広く知られる。軍事的才能に優れ、豊臣秀吉の側近として仕えて調略や他大名との交渉など、幅広い活躍をする。竹中重治(半兵衛)とともに秀吉の参謀と評され、後世「両兵衛」「二兵衛」と並び称された。

出どころ: ウィキペディア「黒田孝高」CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

祀る神社1社

社の頁はかみを祀るにあります。主祭神にこの神の名を挙げる社だけ。